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急がなければ日が暮れる。
どう考えても事態は切迫していた。今いる場所は、日が暮れる前に次の町に到着できるかできないか、そんなぎりぎりの場所だ。どうせならもっと次の町からも前の町からも離れた、街道のど真ん中のあたりだったらよかったのに、こんな場所では野営をするにも気を使う。まさしく今の僕らのような、日暮れまでに町に入り損ねた旅人を狙う追い剥ぎがこういう場所には潜んでいるものだからだ。 「急いでください、芭蕉さん」 「ま、待って……曽良君……」 一日山道を歩いただけでこんな状態になるのだから、歳は取りたくないものだ。少し足を止めて振り返ると、芭蕉さんは何とかよろよろと後をついてきていた。その姿を確認し、僕はまたすぐに前を向いた。本当に急がないと、本当に日が暮れる。僕は野宿が嫌いだ。地面は硬いし風は冷たい。その上、芭蕉さんはそんな場所でもすぐに熟睡してしまうので、結局強盗の類に気を配るのは僕の役目になってしまうからだ。 せっかくなら前を歩いていてくれれば、その尻を蹴飛ばして急がせることもできたのに。以前、進むのを嫌がった芭蕉さんの首に縄をつけて歩いたことがあったが、あれは僕のほうが疲れるしその後の芭蕉さんの言動も普段の五割り増しでおかしくなっていたのであまりやりたくない。 考えたところで特にいい案も思いつかなかったので、僕は諦めてそのまま歩を進めた。わざとやっているんじゃないかと思うくらいうるさい芭蕉さんの呼吸音はちゃんと背後についてきているし、もしもそれが聞こえなくなったとしても、このまま進めば僕は町に入れるだろうから問題ない。追い剥ぎだって、弟子とはぐれて泣き喚いている近寄りがたい中年には、まあ、近寄らないだろう。近寄ってもどうせ何も得るものはないし。芭蕉さんのトランクには金目のものは何も入っていない。 そうだ。 僕は再び足を止めて振り返った。 「芭蕉さん、どうしてもそれ以上急ぐことができないのなら、僕に考えがあります」 「な、何……? あ、もしかして君がおぶってくれ」 「とりあえずここまで来てください」 芭蕉さんの口が、意気消沈したように溜息を吐きながら閉じた。 数秒待って、僕のそばまでたどり着いた芭蕉さんの手からトランクを取る。 「で、弟子が何だか優しい……」 何か勘違いしているらしい。 僕は芭蕉さんの呟きを聞き流して、ひとまずトランクを自分の足元に置いた。それから、両手を芭蕉さんの衿合わせにかける。とたんに、困惑したような声が聞こえた。無視してそのまま肩口から着物を引きずり下ろそうとすると、芭蕉さんは僕の手から逃れて背後に飛び退った。 「何だ、元気じゃないですか」 「なななななな何するんだよいきなり! 松尾、今にも倒れそうなんだよ!?」 僕は逃げそうになった芭蕉さんを捕まえ、その帯に手をかけた。 「だからですよ、もう歩けないんでしょう。だったら芭蕉さんはここで野営をするしかないじゃないですか。でも、そのままの身なりでは追い剥ぎの餌食になります。芭蕉さんのトランクにくたびれたぬいぐるみしかないなんて、はた目からはわかりませんから」 「そ、それは弟子男が私にお金を持たせてくれないからじゃないか!」 「そこで、芭蕉さんがひとりで野営をしていても追い剥ぎに狙われない方法を思いつきました。すでに追い剥ぎに遭ったように見せかけるんです。下着くらいつけているでしょう。トランクと着物を大人しく僕に寄越して、あとはここで寝るなり何なりしてください」 芭蕉さんは僕の言っている意味を理解したのかしていないのか、帯を解こうとした僕の腕を掴んで抵抗してきた、が、特に邪魔にはならない。ただでさえ腕力は僕のほうが上なのに、そのうえ今の芭蕉さんは疲れきっている。一分もしないうちに芭蕉さんは先ほど僕が言ったとおりの格好になった。そしてそのころには、恨みがましくめそめそと泣いていた。 「ひ、酷いよ曽良君……!」 「乳を隠すな乳を」 もしかすると乳を隠そうとしたわけではなく、ただ単に寒さのために自分の両腕を抱いていただけかもしれないが、僕は芭蕉さんに回し蹴りを食らわせ再び町に向かって歩き始めた。途中、置きっぱなしになっていたトランクを拾い、剥ぎ取った着物を無造作に突っ込む。 芭蕉さんと遊んでいたために、日暮れはいよいよ差し迫ってきたようで空はもう真っ赤だ。僕が足早に歩いていると、背後からまた荒い呼吸がついてくる。しかしそれは先ほどまでとは違い、僕がいくら歩いても離れていくことはなかった。まったく、まだ歩けるのなら最初からそうしていればいいのに。下着しか身に着けていない中年が、息を荒げて若い男の後を追っているのを見て、町の人たちがどう思うかわからないのだろうか? PR COMMENT COMMENT FORM
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